「昆虫の鮮やかな色彩は構造色。」この事実は一般的ですが、個別の種がどのような微細構造を有するか?については情報不足かつ認知されていないように思います。
今回はニジイロクワガタ体表の発色機構を推定すべく、「右回り円偏光板」という光学素子を用いて観察した結果を示します。インターネット上で探した限りでは本種の構造色について特定の観察例を伴った解説が存在しなかったため、私が実施した観察例と考察を以下に示すこととしました。
早速本題です。観察対象はニジイロクワガタ(Phalacrognathus muelleri) 野外採集個体の雌雄。


写真(左)は偏向板無し、写真(右)は右回り円偏光板を通して撮影したものです。円偏光板を通して観察すると、本種の鮮やかな色彩が黒っぽく見えます。今回はこの現象の解説が中心となります。
●右回り円偏光板の光学特性
今回観察に用いた「右回り円偏光板」は右回りの円偏光のみを透過し、左回りはカットする仕組みです。※円偏光の概説に関してはこちらをご覧ください。
●構造色の発色機構についての考察
ニジイロクワガタの体表は左回り円偏光を選択反射する「螺旋状構造(Bouligand structure )」となっている事が推察されます。今回の観察では右円偏光板を挟むことで、左円偏光がカットされ黒っぽく見える事が分かります。
これは「コレステリック構造 [1]」とも呼ばれ、コガネムシ上科ではしばしば見られる構造です。整列した棒状の分子が僅かに捻れて重なることで左回りの螺旋状の構造を有しています。


こちらはプラチナコガネの一種Chrysina strasseni 。プラチナコガネは左円偏光の反射体であることが知られており2、右回り円偏光板を通して暗く見える事は既に複数の方のもとで確認されています。写真右が円偏光板を通して撮影を行ったもので、今回用意した円偏光板に不備がないか確かめる目的で使用しました。
ちなみに構造色の物理的な構造は多岐に渡り、分類群ごとに大まかな傾向が見られる事が知られています。先述した通りコガネムシ上科は螺旋状構造が多く、タマムシの一種は多層膜干渉 [3]、カタゾウムシ属の鱗粉状の構造は3次元フォトニック結晶、このあたりが知られています。
ちなみに「ニジイロクワガタの構造色は多層膜干渉」と結論付けるウェブサイトが複数存在する (チャットGPTも同様の回答をする)ようですが、「多層膜干渉」と「螺旋状構造」は厳密にいえば物理的に別物になるでしょう。
多層膜干渉であるなら円偏光の選択反射はされず、円偏光板を通して黒っぽく見える現象も起きないはずです。多層膜干渉を主張するサイトはいずれの検証プロセスも行なっていないように見えますが、一体何を根拠に論じているのか疑問ではあります。
いずれにせよ右回り円偏光板を用いることで、らせん構造・非らせん構造の判別が基本的に可能になります。ただしChrysina resplendens のような例外に対応するため、左回り円偏光板も常備した方が良いと考えています。
今回の観察の結論としては、ニジイロクワガタは左円偏光を選択的に反射する螺旋状構造を有する可能性が高いと考えられます。使用した資材の紹介ですが、右回り円偏光板100×100mm(エドモンド・オプティクス社製)となります。手元で見比べる作業は年齢問わず好奇心をくすぐられる楽しいもので、小学校の夏休み自由研究の題材としても大変おすすめしたいと思います。最後までご覧いただきありがとうございました。
参考資料
A. Mendoza-Galván, L. F. Del Río, K. Järrendahl, et al., Graded pitch profile for the helicoidal broadband reflector and left-handed circularly polarizing cuticle of the scarab beetle Chrysina chrysargyrea. Sci Rep. 8 (1), 6456 (2018)
渡辺順次. 昆虫の美しい構造色はコレステリック液晶. 光学. 2004, 33(4) p.238-244.
不動寺浩, 針山孝彦. バイオミメティックによるタマムシの構造色の再現と応用. 日本材料学会. 2020, 93[5] p.149-153.
A. Parisotto, U Steiner, A. A. Cabras, H. Matthew, V. Dam, and B. D. Wilts et al., Pachyrhynchus Weevils Use 3D Photonic Crystals with Varying Degrees of Order to Create Diverse and Brilliant Displays. Small. (2022)

One response
研究熱心な姿勢や飽くなき探究心がこれまでのセルヴォランを形成してきたのですね。
これまで出してきた結果もその姿勢ありきだと思います。
今後も楽しみにしております。